|Leo葵クリニック|名古屋市新栄の神経内科・内科

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こんにちは、院長のコウです!

最近は暑いですね!名古屋では30度を超える日が何日かあり、夏の気配がむんむんしています。

今日はパターナリズムについて、今の医療界における個人的な違和感について語ろうかなと思いました。


まずパターナリズムとは父権主義・家父長制のことです。
強い立場にある者が、弱い立場にある者の利益のためだとして、本人の意志は問わずに介入・干渉・支援することをいいます。
この構造は父子だけでなく、社会における関係性の至る場面でみられます。
そして医師と患者の関係にも当てはまります。

学生の頃、パターナリズムは悪いと言われ続けてきました。
医療技術の進歩や人権意識の高まりにより、インフォームドコンセントや協働意思決定が主流になっています。

これ自体は僕も大賛成であり、すべての人間が、自分の選択に責任をもって生きるべきだと思っています。

ただ、これが成立するためにはいくつかの条件が必要であると考えます。

①同等の知能であること
②選択する余裕があること(時間、身体、金銭、社会的)
③望まなかった結果になったとしても、あとから攻撃をしない

それぞれについて広げていきましょう。

まず①ですが。知識ではなく、知能です。
つまり医師は患者にはない医療知識を持っているため、診療において強い立場にあります。ですが治療の情報提示をすることで、その知識差が埋まり、患者の意思決定を促すことができます。
ですが知能にあまりにも大きな差があった場合、意思決定を医療者の介入なしで患者に任せるのは酷なことだと思います。
例えば大人が子供の代わりに意思決定をするのは、子供に意思決定の責任を担うほどの知能や能力がまだ備わっていないからです。
そして年齢が大人であっても境界知能であったり、認知機能低下であったりと、正確な意思決定ができない方は少なくないです。
ある程度、能力に合わせて説明を工夫する努力はできると思いますが、成立しない状況があるということは認識するべきことだと思います。

②の余裕について。
皆さんもこういった経験があると思います。不運にもいろんな出来事が重なってしまって、冷静な自分だったら絶対にしないような失敗を犯したこと。
一つ一つの出来事が小さかったとしても、それらは確実に我々の判断力のキャパシティーを埋めてしまいます。
ただでさえ命に係わる出来事が生じ、選択を迫られている状況で、非医療者はどこまで落ち着いて自己決定ができるでしょうか?
世の中は必死な人たちをカモにする商売がたくさんあります。
少なくとも保険医療において、医師が故意に患者に不利益を与えることはないです。
切羽詰まった、必死な状態、余裕がない状態での意思決定は、むしろ医療者が積極的にとるべきだと考えます。
病前にすでに完了されていた取り決めがあれば、それを遵守すべきだと思いますが、ない場合は現場の判断の優先度が上がるのは当然かと思います。

③は条件というか、僕自身がこのブログを書きたいと思ったきっかけです。
医療訴訟でしょうもないものが多すぎる。
言葉が悪くて恐縮ですが、本当にしょうもない。
医療訴訟というものは本来医療行為に過誤や過失があった際に争われるべきです。
ですが最近目につくのは、やれ説明を受けなかったとか、やれ他の治療について聞けなかったなどなど。医療の本質ではなく、選択肢の行使が与えられなかったこと。
そしてそれらで病院が敗訴していることに危機感を感じています。

治療の多くは命にかかわることなので(じゃないことで騒ぐ人もいますが)、慎重に対応されるべきだと思います。
ですがどれだけ慎重に対応してもリスクを0にすることはできません。
診療にかかわるすべての情報提示というのは現実的ではなく、蓋然性のないリスクまで話したら、業務を遂行することは不可能です。
たとえば飛行機にのったらエコノミー症候群になる可能性がとても高いですが、乗る前に署名などしないですよね?
ですが病院では入院中にエコノミー症候群がが生じる可能性を提示して、署名をとる必要があります。
訴訟を避けるために、書類でがんじがらめになっている状態です。はっきり言ってナンセンスと感じます。



ちょっと熱くなってきたので、この辺で止めます。

今の社会はあまりにも完璧主義というか、他責志向というか。ゼロリスクを突き詰めた結果、みんな感謝を忘れてしまったのだと思います。
同じような現象は「モンスターペアレント」や、「カスハラ」などの言葉が流行ったことからもわかるように、医療以外にも見受けられます。
パターナリズムを放棄した結果、”弱者”がなんでも言っていい時代になってしまいました。そしてその弱者こそが正義と捉えられるようになりました。
失敗したらすぐ足元すくわれる。助けた人が喜ぶどころか、責められる。
なんとも悲しい状況。

だからこそ僕は、医師も患者も、互いに不完全であることを前提にした信頼関係が大事だと思っています。
お互いが人間として、同じ方向を向いてる存在である感覚を大切にしていきたく思います。

こういうこと考えながら生きてます。

暑いので、熱中症にお気をつけて!

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